竹屋 元裕 熊本保健科学大学 学長 【プロフィール】 1953年(昭和28年)1月4日生まれ。66歳。熊本市出身。 熊本高校-熊本大学医学部卒。熊本大学大学院医学研究科病理系専攻(博士課程)修了。 1988年熊本大学講師(医学部 病理学第二講座)、1993年同大学助教授(〃)、2000年同大学教授(〃)。2008年同大学副医学部長・医学科長(併任)。 2010年熊本大学大学院教授(生命科学研究部 細胞病理学分野)、2011年同大学院生命科学研究部長・医学教育部長・医学部長(併任)。 2015年熊本大学理事・副学長、2017年学校法人銀杏学園評議員。2019年4月、熊本保健科学大学学長・銀杏学園理事に就任。 知識、技術はもちろん 「思慮」「仁愛」を育め |
いずれも全国平均を上回る国家試験合格率と高い就職率を維持しており、通算9,000人を超える卒業生数が物語りますように、多くの医療を支える人材、「医療人」を世に送り出してきました。とりわけ臨床検査技師(医師の指示の下で、病気の診断や治療のために、各種の検査を行う)の養成数は九州最多の実績を誇り、OB・OGによって強力なネットワークが構築されています。
そんな本学はそもそも、化血研衛生検査技師養成所に端を発し、熊本医学技術専門学校、銀杏学園短期大学へと発展した経緯を持っています。その後、今に至る「熊本保健科学大学」に移行したわけですが、それは16年前。つまり、4年制大学としての歴史は決して長くないんですね。にもかかわらず、38年間の歴史を持つ短大時代の卒業生数を4年制になってからの卒業生数が、すでに上回っています。短期間にそれだけの医療人を供給できたということは、やはり大学として、順調に発展しているのだと自負しています。
一方で、先端医療の需要はやはり大都市圏に集中しがちなのですが、人材までそちらに集中するのは良くない、という問題もあります。たとえば病理検査(病気の診断や原因を究明するために行なう検査)ですが、これは検査する者と患者様が直に接しなくても、可能ではあります。ですがそうした「顔が見えない検査」というものは、時に患者様を不安にさせる側面もある。ですから大都市以外でも「顔が見える検査、顔が見える医療」を維持するため、熊本をはじめとした九州各地へも多くの人材を供給していきたい。その点も今後、重視していきたいところです。
様々な活動にチャレンジし コミュニケーション能力を育んで ―貴学での生活を通して、学生に身につけて欲しいことは。 竹屋 コミュニケーション能力ですね。「医療人」にとっては、それに相応しい知識や技術が必要なことは言うまでもありませんが、さらに患者様および他の医療関係者と接しながら仕事を進める立場になるわけですから、いろんな人と、きちんとコミュニケーションを取れる力も非常に重要となるわけです。 このことは、本学の四綱領である「知識」「技術」「思慮」「仁愛」が如実に示しています。さらに言うと、前者2つは本学の講義や実習で習得の機会を提供しますが、後者2つはそれだけでは不十分なんですね。課外活動やボランティア活動、海外留学など様々なことを意欲的に経験してこそ、「思慮」「仁愛」の心を、そして本当のコミュニケーション能力を育むことができる。もちろん、そういった経験が得やすい環境を私たちが提供する上でのことですから、本学学生の皆さんは安心してチャレンジしてください。 学生時代の先輩後輩に ずいぶん助けられた |
竹屋
部活動での経験でしょうか。熊本高校ではグリークラブに所属し、進学した熊大では医学部だったので、医学部軟式庭球部に入っていました。
特に後者は50名近くと部員が多く、体育会系というのもあって、先輩後輩の強いつながりを築けたと思います。ヨコだけじゃない、タテの関係の育み方を学べたとも感じますね。何よりみんな医学部生ですから、卒業していろんな病院に行くと、必ずと言っていいほど先輩がいるんですよ(笑)。おかげで親身になってご指導いただいたり、飲みに連れて行ってくださったりしました。先輩後輩にはずいぶん助けられたと思いますし、そうした人間関係の大切さというものは、今でも強く感じています。
しっかり努力して欲しい
―若者へメッセージをお願いします。
竹屋
将来やりたいことをきちっと見つめ、荒唐無稽でない現実的な夢を確立して欲しい、と思います。裏を返せば私は、今の若い方たちは「将来やりたいこと」がなかなか定まらない、そんな傾向を感じているのかもしれません。
夢というのは現実的な努力を、コツコツ積み重ねて叶うものだと思います。ですからあまりに非現実的であったり、コロコロ変わるような夢では、いつまで経っても実現しないと思うんですね。頑張れば手の届く夢をしっかり持って、若い今のうちからしっかり努力して欲しい。そうすれば必ず、良き未来へと前進できるはずです。