「簿記の甲子園」で
2度の準優勝を経験 ―熊本商業高校簿記部の近況を教えて下さい。 木庭 現在2年生10名、1年生37名が所属しています。先日3年生が卒業したばかり、ちょうど淋しい時期ですね。6月の日商簿記検定試験へ向けて頑張っているところですが、少し気が抜けている印象もあります。 これまで「簿記の甲子園」と呼ばれる全国大会で、2度の準優勝を経験しました。今年は出来れば優勝したいところですが、最低でも6位入賞を目指しております。 簿記を学ぶ以前に 「人間力」の向上を重視 ―全国大会での実績に加え、大卒程度と言われる「日商簿記一級」の取得者数は九州の高校でトップ。その高いレベルを維持する秘訣を教えて下さい。 木庭 単に簿記を学ぶだけでなく、「人間力の向上」を重視していることでしょうか。実は10年以上前、まだ顧問になったばかりの私は、なかなか結果が出せずにいました。そんな時、尊敬する先生に勧められ『致知』という「人間学を学ぶ雑誌」の記事を読み、衝撃を受けたんです。ある高校の先生が、「まず生徒の人間性を高め、その上で技術や能力を高める教育」を実践しているという内容のものでした。 それをきっかけに、手探りながら私も「人間力」を重視した教育法を進めていきました。たとえば『活力朝礼』、これは各自の志や目指すべき方向をイメージしながら黙想をし、部訓を唱和。さらに挨拶や「ハイの返事」の反復訓練により、基本的な礼儀礼節を身につけてもらっています。また1年生でも、冬からは上級生と共に学習。経験や能力で分けずみんなが教え教わり、1人ひとりの良さを引き出しながら学んでいく体制にしています。 さらに様々な講演会に希望する生徒と共に参加するなど、全員の意識を揃え共に向上していくことを目指しており、この点がポイントかと思います。非効率に見えるかもしれませんが、結果として生徒たちは能動的に学ぶようになり、簿記の成績も格段に高まりました。また毎年、私の部活動中の話や各自の経験、考えなどをまとめた本を自主的に作ってくれています。おかげで後輩や部外の方に、自分たちの学びや成長を伝えることが出来る。そんな良い循環が生まれています。 「時間をかけること」も 結果を出す上では重要 ―生徒の個性を重視する向きもある現在、先生の教育法に批判はなかったでしょうか。 木庭 それが実は、生徒からの批判が毎年ございまして(笑)。それは前述の教育法も含め、例えば休みが少ないとか。我が部は基本的に放課後3時間、休日も活動することにしていますので、「他の子が遊んでいる時に、なぜ自分たちばかり…」といった不満が生まれがちです。 また携帯電話の使用を叱ったことから「辞めます」と言って、部に来なくなった生徒もいました。ただ最終的には生徒にも、その保護者の方々にもご理解頂くことが多かったと思います。 |
木庭 対策というよりも少しずつ、私たちが懸命に取り組む中で、本当に少しずつご理解頂くようになった…という感じでしょうか。例えば、気が付くと簿記の実力が上がっていた。あるいは勤勉になったり家庭でも挨拶が出来るようになった子供の変化に、親御さんが気付くようになった、など。そのように具体的な「結果」を出せたことが良かったのかと思います。
なお結果の大切さに付け加えますと、学習の結果においては人間性はもちろんのこと、やはり「時間をかけること」も重要と考えています。たとえば簿記大会上位の常連校は、例外なく日々時間をかけ、しっかりと勉強していますから。
教え、教えられ
共に成長していこう
―指導者として大切にしていることを教えて下さい。
木庭 生徒を「見捨てない」、「愛情を持ち続ける」ことでしょうか。正直に申しますと、「指導の限界かもしれない」と思う時もありました。けれども私自身が高校時代、愛情豊かにご教授頂いた恩師を持っております。ですからその恩を次世代へ、形を変えてお返しさせて頂こうと。そう言いますと先の「携帯電話の使用を叱って部に来なくなった生徒」ですが、話しかけたり他の生徒に声をかけてもらうなど気にかけ続けていたところ、やがて来るようになりました。
さらに言えば、生徒との出会いを「一期一会」と捉え、全力で教えると共に自分自身も学ばせてもらうこと。私は『スーパーティーチャー(高い指導力を有し、他の教員の指導や研修会の講師を担当する教員として、教育委員会が認証)』に任命されてはいますが、指導方針に自信を持てないこともある、まだまだ未熟な人間です。ですから上から目線ではなく、「教えることを通して、こちらも相手から教わろう、共に成長していこう」。そんな謙虚な姿勢を生徒に説くと同時に、私自身も大切にしています。なお簿記一級試験は生徒と一緒に、私も毎回受験しているんです。時々、不合格を経験することもありますが(笑)。
―そんな先生ご自身の高校時代は、どんなものだったのでしょうか。
木庭 同じ熊商簿記部にいながら、今の在校生に比べると不出来な生徒でした。ただ先にも言いましたが、師に恵まれたということ。また父も同じ商業の教師だったのですが、ちょうど私の入学と同時に熊商に赴任して来まして(笑)。厳しいけれど結果的には尊敬される…そんな父の姿を、多感な年頃に直に見ることが出来ました。今の私がいるのは高校時代の、そんな経験のおかげなのかもしれません。 地域のため日本のため 世界のためになる「人財」に ―若い読者へメッセージをお願いします。 木庭 教え子に人間力と学力の向上を望むのは、充実した学生時代を送って欲しいからだけではありません。もっと重視しているのは、卒業後の未来です。 教師になったばかりの私は、生徒指導が全く出来ない友達のような存在となり、「生徒を向上させる」点では意識の低い、力不足な指導者でした。そのため今は恩師や父、また先に挙げた『致知』や尊敬する森信三先生(国民教育の父」と言われた教育者、哲学者)の著作などに習い、時には厳しく指導するよう努めています。それも生徒の将来を思えばこそです。 学生時代も大切ですが一般には、その後の人生の方がずっと長い。ですから若い今の時期にこそ、常に目的を持って行動し、独力で人生を切り開いていくための準備をした方が良いのではないでしょうか。そして地域のため日本のため、ひいては世界のためになる「人財」に育ち、充実した人生を送ってもらえたらと思います。
Writer T.Iwanaga
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